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釧路地方裁判所 昭和56年(ワ)85号 判決

原告

洲崎長次

ほか一名

被告

市川雅一

ほか一名

主文

一  被告らは原告ら各自に対し、それぞれ金七一三万九、六一八円及び右金員の内金六六三万九、六一八円に対する昭和五五年八月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その一を被告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告ら

(一)  被告らは原告らに対し、それぞれ金一、七四五万一、三四四円及び右金員の内金一、五二六万一、三四四円に対する昭和五五年八月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行宣言申立

二  被告ら

(一)  原告らの請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

訴外亡洲崎卓也(以下訴外卓也という。)は、昭和五五年五月三一日午前九時ころ自動二輪車を運転し東京都世田谷区駒沢公園一番一号先路上(通称駒沢通)を西から東に向け進行中、折から対向して走行してきた被告市川雅一(以下被告雅一という。)所有被告市川敬一(以下被告敬一という。)運転の普通乗用車(品川五七ら五五九五号)が右卓也車の進路前方を右折、進行したため卓也車が敬一車に激突し、訴外卓也は転倒し頸部気管食道断裂の傷害を受け脳死の状態となり、以後東京都目黒区所在の国立第二病院において手当を受けていたが、昭和五五年八月一〇日外傷性脳機能障害により死亡した。

(二)  被告らの責任

被告雅一は、本件加害車両を所有し自己のため運行の用に供していたもので自賠法第三条により、被告敬一は、本件自動車の運転者として右折に際しては対向車の進路妨害を発生させないようあらかじめ対向車の有無、その動向を的確に把握し、進路の安全を確認して右折を開始しなければならないのに、それを怠り卓也車が進行して来ているのにこれを見おとし、慢然と右折を開始した過失により本件事故が発生したもので民法第七〇九条により、それぞれ損害賠償義務を負うものである。

(三)  訴外卓也の損害

1 治療費 金四〇二万〇、六四四円也

2 入院雑費 金五万七、六〇〇円也

訴外卓也は事故日より死亡日まで前記国立第二病院に七二日入院した。入院中の雑費を一日八〇〇円とするとその損害は金五万七、六〇〇円となる。

3 付添料 金二一万六、〇〇〇円也

訴外卓也の入院期間中の実母の付添料で、一日三、〇〇〇円の割合による。

4 慰藉料 金七〇万円也

受傷時から死亡時までの慰藉料として金七〇万円が相当である。

5 死亡による逸失利益 金三、七一四万一、三五八円也

訴外卓也は昭和三四年九月一五日原告夫妻の三男として北海道目梨郡羅臼町において出生、羅臼小学校、羅臼中学校、羅臼高等学校を卒業し、東京デザイン専門学校を昭和五五年三月卒業した。その後東京都渋谷区代々木の村上敏之設計事務所に勤務をし、試用期間中の五月三一日本件事故にあつたものである。同人は健康な男子であり、本件事故がなかつたならば六七歳まで働くことができた。同人の死亡時の給与は勤務して二月のものであり、かつ試用期間中のもので逸失利益算定の基礎とするのは妥当を欠くので、昭和五四年の賃金センサス男子労働者の平均賃金によりホフマン式に計算するとつぎのとおりになる。

206,900×12+673,600=3,156,400円(年収)

(3,156,400-3,156,400×0.5)×23,534=37,141,358

(生活費五〇%控除)

6 慰藉料 金一、二〇〇万円也

訴外卓也は独身男子であるが親元から遠く離れ、自活し、これから結婚をし一家を構えるという前途ある青年で年齢も二一歳であること、脳死の状態で七〇数日苦しんだことを勘案するとその死は金一、二〇〇万円をもつて慰藉されるのが相当である。

7 葬儀費用 金一五五万七、七三〇円也

イ 東京仮葬儀費用 金五〇万五、〇二〇円

ロ 羅臼における葬儀費用 金一〇五万二、七一〇円

(四)  被告らの弁済等 合計金二、五一七万〇、六四四円也

被告らは治療費金四〇二万〇、六四四円を全部負担した外、つぎのとおり支払つた。

昭和五五年六月二日 見舞金として 金一〇万円

同年七月一日 交通費として 金五〇万円

同年七月三一日 右同 金四五万円

同年八月一二日 香典として 金一〇万円

なお、原告らは昭和五六年四月自賠責保険金二、〇〇〇万円を被害者請求により受領した。

(五)  原告らの権利

原告洲崎長次は訴外卓也の父として、原告洲崎キヨは母として訴外卓也の本件事故における権利義務の全部を各二分の一ずつ相続により承継した。

(六)  原告らは本件損害賠償についての一切の事務処理を原告代理人に委任し、右代理人に釧路弁護士会に定める報酬規程により手数料、謝金を支払う旨の合意をした。右報酬規程では手数料、謝金いずれも同額とされており、原告らの被告らに対する損害賠償額は各金一、五二六万一、三四四円となるから、本件手数料は各金一〇九万五、〇〇〇円であるから手数料、謝金を併わせると各金二一九万円となる。よつて原告洲崎長次および同キヨは各金二一九万円の弁護料債務を負担した。

(七)  よつて原告らはそれぞれ被告に対し、(三)の損害金合計金五、五六九万三、三三二円から受領済である金二、五一七万〇、六四四円を控除した残額金三、〇五二万二、六八八円の二分の一である金一、五二六万一、三四四円に弁護料金二一九万円を加えた金一、七四五万一、三四四円及び右金員から弁護料を除いた金一、五二六万一、三四四円に対する訴外卓也死亡の翌日である昭和五五年八月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)  同(二)の事実中被告雅一の自賠法責任は認め、その余の事実は否認する。

(三)  同(三)の1の事実は認め、同2ないし7の事実は否認する。

(四)  同(四)の事実は認める。

(五)  同(五)の事実は不知。

(六)  同(六)の事実中原告代理人に委任したことは認め、その余は争う。

三  被告らの抗弁

本件事故発生については、訴外卓也にも過失(前方不注視、徐行義務違反等)がある。

四  抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)(事故の発生)及び同(四)(被告らの弁済等)の各事実は当事者間に争いがない。

二  同(二)の事実中被告雅一に自賠法責任が存することは当事者間に争いがない。そこで被告敬一の責任について検討する。

成立に争いのない乙第一ないし第三号証、第五ないし第八号証に弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

被告敬一は、昭和五五年五月三一日午前九時ころ、普通乗用自動車(品川五七ら五五九五号)を運転し、東京都世田谷区駒沢公園一番一号先道路を目黒方面から環状八号線方面に向つて進行し、同所付近において反対車線側にある駒沢公園事務所駐車場に入るため、右折しようとして一時停止していたところ、対向車線の第二通行帯(センターライン側)を進行して来た対向車両が自車に進路を譲つて停止し、同車の運転手が手で合図してくれたので、その前面を横切つて道路右側部分へ進出しようとしたこと、同所は右停止車両と公園側歩道との間に幅員約四・七メートルの第一通行帯があり、かつ右通行帯は右停止車両の陰になつて被告敬一車両から見通しの困難な状況にあつたこと、このような場合自動車運転者としては第一通行帯を進行してくる対向車両のあることを当然予測し、右停止車両の前面で一時停止したうえ第一通行帯を対向して進行してくる車両の有無と進路の安全を確認して横断進行すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然時速約一〇キロメートルで発進、進行した過失により、右第一通行帯を対向して進行して来た訴外卓也運転の自動二輪車に自車の左側面を衝突させたこと。

以上の事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。

従つて被告雅一は自賠法第三条により、被告敬一は民法第七〇九条により、訴外卓也が本件事故により蒙つた後記損害につき連帯して賠償する責任がある。

三  次に訴外卓也の損害について検討する。

(一)  治療費(金四〇二万〇、六四四円)

本件事故に基づく訴外卓也の治療費として合計金四〇二万〇、六四四円が国立東京第二病院に支払われたことは当事者間に争いがない。

(二)  入院雑費(金五万〇、四〇〇円)

原本の存在、成立ともに争いのない甲第一号証及び原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、訴外卓也が前記国立東京第二病院において合計七二日間入院治療を受けた事実が認められるところ、一日当りの入院雑費は七〇〇円とみるべきであるから、入院雑費総額は七〇〇円に七二を乗じた金五万〇、四〇〇円となる。右以上の入院雑費を認めるに足りる証拠はない。

(三)  付添費(金二一万六、〇〇〇円)

原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、訴外卓也が前記病院で入院治療を受けた七二日間実母である原告洲崎キヨが付添看護を行なつた事実が認められるところ、一日当りの付添費は三、〇〇〇円とみるべきであるから、付添費総額は三、〇〇〇円に七二を乗じた金二一万六、〇〇〇円となる。右以上の付添費を認めるに足りる証拠はない。

(四)  死亡による逸失利益(金三、七一四万一、三五八円)

原本の存在成立ともに争いのない甲第二号証、成立に争いのない甲第二七号証の一ないし三、乙第四号証、原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、訴外卓也は、昭和三四年九月一五日原告らの住居地において原告ら夫妻の三男として出生し、地元の公立小中学校を卒業後、昭和五三年三月北海道立羅臼高等学校を卒業して上京し、東京デザイン専門学校建築士課に入学し、昭和五五年三月同校を卒業したこと、その後東京都渋谷区代々木の建築設計事務所に就職し、約二か月後の同年五月三一日本件事故にあつたため同年八月一〇日満二〇歳で死亡したこと、同人は健康な男子であつたものであり、本件事故にあわなかつたならば六七歳までの四七年間就労することができたと推認されること、昭和五四年度の男子労働者の毎月きまつて支給される現金給与額による平均月収は二〇万六、九〇〇円であり、年間の賞与その他特別給与額は六七万三、八〇〇円であること。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない(なお原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、訴外卓也は当時七、八万円の月収を得ていたことが認められるが、右月額は勤務を開始して二月間のものであるうえ、試用期間中のもので逸失利益算定の基礎とするのは相当でない。他方同人の学歴は高等専門学校、短大卒にほぼ相当するところ、将来確実に収入の増加が見込まれ、右就労可能年数の間を平均すれば少くとも男子労働者の平均賃金以上の収入を得ることができる蓋然性が強いので、同人の死亡による逸失利益の算定には昭和五四年度の全男子労働者の平均賃金を基礎とすべきである。)。

よつて同人の逸失利益算定の基礎となるべき年収は、二〇万六、九〇〇円に一二を乗じた額に六七万三、八〇〇円を加えた三一五万六、六〇〇円となる。これから生活費五〇%を控除し、得べかりし利益の喪失による損害を損害発生時の現価に換算するため、民法所定年五分の割合による中間利息を控除するホフマン方式によつて計算すると次のとおりとなる。

(3,156,600-3,156,600×0.5)×23,832=37,614,045

従つて右額の範囲内である原告の主張額は全部是認できる。

(五)  慰藉料(金一、二〇〇万円)

訴外卓也の本件受傷及び死亡による慰藉料の額は、同人が当時二〇歳の独身男子であつたこと、脳死の状態で七二日間苦しんだこと等本件証拠上認められる一切の事情を総合考慮すると、金一、二〇〇万円が相当である。

(六)  葬儀費用(金一五〇万円)

成立に争いのない甲第三ないし第五号証、原告洲崎長次本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第六号証、第八号証、第一〇ないし第一三号証、第一五ないし第二四号証、第二六号証及び原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、訴外卓也の死亡により原告らは東京において仮葬儀を、羅臼において本葬儀を各執行したこと、その葬儀費用は実額が確定できないが、少くとも金一五〇万円を下らないことが認められ、被告らに右金額を負担させるのが相当である。

四  成立に争いのない乙第四号証及び原告洲崎長次本人尋問の結果によれば、原告洲崎長次は訴外卓也の父であり、原告洲崎キヨは訴外卓也の母であることが認められ、原告らは、訴外卓也の本件事故による損害賠償請求権を各二分の一ずつ相続により取得した。

五  弁護士費用について

請求原因(六)の事実中、原告らが本件損害賠償についての一切の事務処理を原告代理人に委任したことは当事者間に争いがないところ、本件事案の性質、事故の態様、審理の経過、請求認容額などを考慮すると、原告らの弁護士費用の損害として各金五〇万円を被告らに負担させるのが相当である。

六  過失相殺について

前掲乙第一ないし第三号証、第五ないし第八号証に弁論の全趣旨を総合すると、前記二において認定した事実のほか、次の事実を認めることができる。

本件事故現場は片側二車線の道路であつて、事故当時は第二通行帯を走行する車両の交通量が多く渋滞気味だつたため、同車線を進行してきた一台のタクシーが、被告敬一車両の手前で停止し、被告敬一に右折をするよう手で合図をしたこと、訴外卓也は自動二輪車を運転し、環状八号線方面から目黒方面に向け、第一通行帯の右側端(センターライン寄り)を進行し、本件現場にさしかかつたこと、同人は本件事故現場手前約一〇メートルの地点で右タクシーの影から右折進行して来た被告敬一車両を発見したが、ブレーキを作動させる間もなく、同車左側面に激突したこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで、二車線以上ある道路の一車線が交通渋滞を生じ、同車線において停止中の車両が存する場合においては、その車両の前後から右折して来る車両や横断者があることは経験則上当然予見可能であるから、右車線の隣車線を走行する車両の運転者は、必要に応じて徐行あるいは停止等の措置を講じ、渋滞車線から右折して来る車両等との事故を未然に防止すべき注意義務があるところ、訴外卓也はこれを怠り、本件事故を発生させたものと判断され、従つて訴外卓也の右過失も本件事故発生の一因をなしているものと認めることができる。

そして前記認定にかかる被告敬一の過失と訴外卓也の過失との割合は、右認定の諸事情を総合すると、被告敬一が七、訴外卓也が三とみるのが相当である。

七  以上の次第であるから、原告らの被告らに対する本訴請求は前記三の(一)ないし(六)の是認損害額合計金五、四九二万八、四〇二円の七割である金三、八四四万九、八八一円から受領済である金二、五一七万〇、六四四円を控除した金一、三二七万九、二三七円の二分の一(金六六三万九、六一八円)に弁護士費用金五〇万円を加えた金七一三万九、六一八円及び内金六六三万九、六一八円に対する訴外卓也死亡の日の翌日である昭和五五年八月一一日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める範囲において理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、九三条本文を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小磯武男)

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